8月末、小学生を対象にキャンプをして欲しいという依頼がとしえってぃーにきたので、同行した。
キャンプは一泊二日のフリーキャンプ。子どもたちが過ごしたいように過ごす二日間だ。
そして、キャンプも終盤に差し掛かりお迎えの時間が迫っている時だった。
もうすでにみんなは片付けも終了し、最後の挨拶をするために椅子に座っていた。
そのとき、一人の子が、テント付近でもじもじしているのを見つけた。僕は、その子に「どうしたん?」と声をかけると、その子は水筒がないというので、一緒に探した。一人の女の子(小1)も一緒に探してくれた。
少し離れた机の上に水筒があったので、その水筒をもって集合場所に向かおうとした。そうしたら、その子が水筒の蓋を外し、お茶を注いで飲もうとした。僕は「みんな待ってるから、集合場所で飲まへん?」と声をかけた。
その時、一緒に水筒を探してくれた女の子が「○○はお茶休憩が必要な人だから。」と、僕に教えてくれた。その言葉が小学校一年生の子どもからでることに驚いた。その言葉を聞いて、僕もなぜか安心した。この子を急がした方がいいんじゃないかと感じていたことが、その一言で吹っ飛んだ。
そして、お茶を飲んだ後、集合場所に三人で向かったとき、僕たちが数分遅れたことなんてだれも気にしていない様子だった。
お迎えに来た保護者の方に、この感動を伝えたら「小さい時から人の根っこを育てているんです。」とおっしゃられていた。確かに、この子たちの根っこはしっかりと育っていると実感できた。
今回、一年生の子がそのような発言をしたことに驚いたが、むしろ人は本来、リスペクトし合いながら生きていくことができるの力があるのではないかと感じた。
人が本来持っているであろう、よりよく生きようとする力を応援してあげることが、まずやるべきことじゃないかと思った。
上村
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